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ねずみのしっぽ

無性愛・アセクシャルを自認している私のあれこれ。

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アセクシャルを知るまで7 自認end

アセクシャル、無性愛者という言葉を初めて知ったのが
ツイッターだったかwikiだったか個人ブログだったかは忘れましたが。

私以外にも、異性を異性として好きにならないひとがいる。
しかもそれには名前がついている。

一番最初に感じたのは開放感でした。
もう頑張って無理に人を好きになろうとしなくてもいいんだ!
私が人を好きになれなかったのは、
努力が足りないわけでも、性格が悪いわけでも、人として異常なわけでもない。
ただ、単にそういう人間だったんだ!

とても楽になった気がしました。

でも色々調べていくと、
アセクシャルとは死ぬまで「本当にそうだったかわからない」とか。
早々に自分をアセクシャルだと決めつけて(実はそうでないのに)しまう人がいて
それが問題視されている。とか。色々言われていました。
日本ではまだまだ研究が進んでいない分野だからとにかく答えがない。
「自分が本当にアセクシャルであるのか」という答えは誰も出してくれない。

カウンセラーの人に相談したりしてみましたが、
答えは人によってまちまちです(それぞれの主観が違うので当たり前かもですが)
過去に問題がある、性格に問題がある、無性愛なんてないのだ。とか色々。

で、自分は本当にアセクシャルなのか?どうすればわかるのか?
アセクシャルという答えにすがって、楽な方向に逃げようとしているだけなのか?とか。
そういうことを考えているとき、Facebookで自分はアセクシャルだとしている方を知り、
勢いでメッセージを送ってしまいました。我慢できなくて。

で、なんやかんやあって今、私は自分をアセクシャルだと自認するようになりました。

私はアセクシャルだと何らかの形で証明されたわけでもなく、
論文とか、研究とか、難しい定義付けもよくわかりません。
アセクシャルと一口にいっても、それぞれの望む生き方や考え方は
(私が知ってるだけでも)ばらばらです。

今もよくアセクシャルという言葉を検索しますが、
知恵袋なんかでは「自分はアセクシャルなのか?」
「アセクシャルだったらどうしよう」とか、
自分が無性愛者かどうかで不安になって、悩んでいる人が多いです。
かつては私もそうでした。

でも、だからこそ「本当に自分がアセクシャルかどうか」という証明は
必要ないのではと思います。
自分をアセクシャルだと自認する、自分を認めることで楽になれることが、
一番大事なんじゃないかなあと。
楽になったと言っても、別の意味で全然楽じゃないですが。
私は今、自分をアセクシャルだと認めた上で、私が幸せになるには
どうしたらいいのだろうと、また違った悩みを抱えています。

でも、人を好きになれないことやアセクシャルかどうかで悩んでいた時よりも
前に進んでいると思います。

アセクシャルを自認するということは、
マイノリティであることを認めるんじゃなくて、自分のあり方を肯定すること。
自分が自分のままで自分らしく生きるための地盤をつくるということかなあと思います。

私はまだこの地盤にどうやって将来を築いていけばいいのかわかりません。
でもさぐりさぐりなんとかしていけたらいいなあと、思ってます。



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アセクシャルを知るまで6 暗闇編

異性を異性として好きになる気持ちがわからないし、
同性愛者でもないようだ。
それなら私は何なのだろう。

そう気づいてしまうと、今まで暮らしてきた世界が
まったく別物に見えてきました。

ここ最近が特にそうなのか、実はそんなことなくて、
私が変に意識するから目に付くだけかもしれませんが。

人の世でもっともすばらしいものは恋である、と。
そういう歌や物語や話題や…なんかもう全部それ!みたいな。

例えば私の勤める会社ではBGMにとFMを流し続けています。
そこでは毎日のように恋がすばらしいとうたいます。
春夏秋冬恋のシーズンです。
お便りで一目惚れや、恋の悩み、結婚報告etcがあるたびに
パーソナリティーは恋はすばらしい、たくさん恋をしてくださいと言う。
流れてくる曲も会いたくて会いたくて震えたり、
キミがいるから強くなれたり、愛を知って輝きだしたり。

テレビでは彼氏彼女いない暦=年齢や童貞、処女はネタとして扱われて。
そのファッションは男子受けしないとか女子受けしないとか。
男子がキュンとする女性の仕草がどうとか。

恋愛が人類の最大公約数だ、みたいな風潮。

それは、
「人を好きになるという気持ちがわからないお前は人間じゃない」
と言われているようで。

町や店でカップルや夫婦、家族連れをみると、
この人たちは二人ともが好きあって、望んで、こうしているんだ。
すごいなあ、きっと私には手に入らない世界なんだと自分を無価値に感じました。

きっと私は、前世では恋多き人間で、それで身を破滅に追いやって、
だから現世では愛を取り上げられたんだ。また来世がんばるしかないと
半分本気で考えたりもしました。

毎日ちょっとしたことでマイナス思考に陥ったり、
ラジオの恋愛話が全部重しになってのしかかってきて車で泣いたり…
周りに相談してもなんにも解決しないし。
一番しんどい時期だったように思います。

そしてその頃になってようやく、
どういうきっかけだったか思い出すことができないのですが、
アセクシャル、無性愛という言葉に出会ったのです。
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アセクシャルを知るまで5 同性愛かも編

もしかして私は同性愛者なのかもしれない、と思ったりもしました。

思い当たることもあったからです。
それは、初めて彼氏ができた専門学校時代のことでした。
同級生で一番仲のいいAちゃんとCちゃんがいました。

Aちゃんはひとつ上の男の先輩とつき合っていました。
そのことについて何も思うところはなかった私が、
Cちゃんに片思いをしているKくんに気づいた時、
Kくんに対してものすごい嫉妬心を覚えたのです。

Kくんのことは友達としてふつうに好きだったのですが、
Cちゃんに対しての片思いしてますな態度を見るにつけて
イライラがつのって、ついには周りの友達に
「このままではKくんのこと嫌いになる」と言って
話し合いの場を作ってもらい、「Cちゃんのこと好きなのは私も一緒だから。応援しないから」
と釘?をさすようなこともしました。
(結局KくんとCちゃんはつき合うことはなかったのですが)

その後、最近になってAちゃんは結婚しました。
結婚する前からAちゃんの彼氏さんのことは知っていたし、
結婚式に行って一緒に過ごした時も、本当におめでとう、という祝福の気持ちしか
なかったのに。

やはり同じく最近結婚したCちゃんに対しては。
今の彼氏と結婚をする、と聞いた時、おめでとうという祝福の気持ちと同じくらい
「Cちゃんを取られてしまった」という寂しい気持ちがわいてきて、
結婚の報告を聞いて二日くらいマジ凹みしました。

で、もしかして私はCちゃんに恋していたのでは?と思ったのです。

今まで出会った人のなかで、一番心を揺さぶった存在はCちゃんだったから。
ちょっとだけつき合った彼氏に対しても、Cちゃんに感じたような
別れの寂しさや、嫉妬や執着を感じたことがなかったから。

私は同性愛者だったのか?と。
思ったのですが。

でもそれはなんというか、しっくりこなかった。
たとえばCちゃんとキスするようなことを想像してみても、
なんも楽しくないし意味もわからない。

実はここ何年かよく遊ぶようになった高校時代の友人に対しても、
今度から転勤になってしばらくあえないのが寂しい。とか、
それこそまた会いたい、次会うのが楽しみ。という気持ち、
婚活を始めたと聞いた時の、Cちゃんに感じたのと同じようなさみしさを感じています。

この二人に対する、他の友達には向けられない気持ち、は。
もしかしたら普通の仲のいい友達、以上の何か、かもしれないのですが。

いまのところ恋愛感情とも違うと思うので。
私は自分を同性愛者でもない、としています。


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アセクシャルを知るまで4 奮闘編

うっすらと「私は異性を異性として好きになれないんじゃないか」と思い始めて、
それを覆すために色々やってみました。

【相談】
私が漠然と考えている「異性を好きになる気持ち」が本当に存在するのか?
・その人のことをもっと知りたいと思う
・いつもその人のことを考えてしまう
・会うと嬉しくて胸がどきどきする
・会えなくなると寂しくて早く会いたくなる
・恋をすると本当に世界が輝いて見える
全部マスコミや漫画の誇大表現なのでは?と思いましたが、
話を聞いた友達はだいたい肯定してくれました。

【相談2】
思い切って「人を好きになったことがない、好きって気持ちがわからない」と言う。
おそらく他のアセクシャルの方も経験していると思うのですが
「大丈夫、まだ本当に好きになる人にあえてないだけ」と言われます。

で、本当に好きという気持ちがわからないのだ、どうしたら人を好きになれる?
というと、だいたい好きになろうとしてなるものじゃないと言われますが、
一人の友達が「好きになる手順」(?)を教えてくれました。

要約するとこうです。
はじめから好きになろうとするからなれないんじゃないか?
まず興味を持つことからはじめて、その延長で「好き」に発展するんじゃない?と。

それを聞いたとき、私はそうか!興味を持てばいいのか!!と眼から鱗の気持ちでした。
人を好きになれそうな気がする!と前向きな気持ちになったのですが。
結果はだめでした。好きになろうとがんばったのが、興味を持とうとがんばるのに変わっただけで。

【好きになる努力をする】
大体が努力をして好きになるものじゃないと言われるけど、何もしなかったら
本当に何もないので、努力してみました。
その人のいいところをいっぱい見つけようというのもそうですが、
前の記事のAさんとBさんと会ってたころにしたのは、
毎朝鏡をみて「私は○○さんのことが好き」と言う自己暗示。
こんないいところがあって、こんなにいい人じゃないかと。
本当は会うのが全然楽しみじゃないのにわざと「早く会いたいなあ!楽しみ!」と
声にだしてみたりしてました。

【自分を磨く】
私はどっちかというと自分が嫌いな方です。
自分を好きになれないなら人だって好きになれないと聞いたので、
自分を好きになるために、自分に自信をつけよう!と
おしゃれやお化粧、スキンケアなんかを前より気にするようにしました。

【意識を変える】
正しくは変わった、のですが。
前にもちょっと触れましたが、私は結婚や男女の愛というものにマイナスのイメージを
持っています。どうせ愛なんて続かない、無くなるもの、意味なんてない。と。
でも、飼っていたペットが死んだ時。
彼女は死んでいなくなってしまった。でも、彼女にもらった思い出や楽しいとか
愛しいとかの気持ちは、無駄なものじゃない。と思ったのです。
男女の愛情なんて永遠じゃなくて、いつかはなくなるものだとしても、
それがあった時に感じるだろうなんやかんやは絶対意味のないものじゃない。と。
無くなるからはじめからいらない、というのは違う、と心のそこから思ったのです。

まあでも。

結局、どう頑張っても結果は着いてきませんでした。
あれこれとぐだぐだ考える私に、考え過ぎ!頭でがちがちに考えてるからだめなの!
と言われたこともありますが。

感じるままにしてたら何も感じないから考えているのだ、というのが私の言い分です。

でも考えれば考えるほど、頑張れば頑張るほど、
他の人は何も考えなくても異性を異性として好きになれている。という事実。
なのに、私はそうじゃない、という現実を強く思い知らされるという結果になりました。

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アセクシャルを知るまで3 霧中編

  4回ほど婚活イベントに参加して、その中で3人の男性とカップル成立しました。

一番始めのAさんは、4歳年上の優しくて面白い人でした。
Aさんと一緒にいるのは楽しかった。でもそれが楽しみになったり、次早く会いたいとか、
それ以上の気持ちが全く出てこなかった。
さらに言えば、会えばそれなりに楽しく過ごせるのに、なぜか会うまでがかなり気が重い。
でも、明日は好きになるかもしれない、あさって好きになるかもしれない。
どういう気持ちになったらお付き合いをしましょうなのか?
逆にどういう気持ちになったらお断りをするべきなのか?

そんなことを考えながら、ずるずると会っていました。4ヶ月ほど。
結局、当時始めたマラソンの練習に専念したいからという理由で距離をおき、
そのまま自然消滅しました。

その後、婚活イベントで知り合った場合、3回くらいをめどに進退を決めるらしいと知り。4ヶ月はあんた長過ぎと言われたので、次会う人は3回までにおさめようと決心しました。
お互いの時間の無駄なんだそうで。


2人目のBさんは優しくて、趣味の合う?人でした。
3回までに決めるぞ!!と意気込んでいた私は、Bさんのいいところをいっぱい見つけようとしました。
会うまではやはり気が重かったですが、会ってみればそれなりに楽しい。
2回目会った時、あと1回しかないのに特に心境に変化がなかった私は、
ふとBさんは私のことをどう思っているんだろうと思い、率直に聞いてみました。
「単純に知りたいんですが、Bさんは私のことどう思ってますか?」と。
Bさんからの答えは「かなり好き」でした。

なんでそんなふうに思えるんだろう と驚きました。
まだ2回しか会ってない私。を、かなり好き、約束が待ち遠しかった、運命的なものを感じるとまで。
その時、「普通の人はこんな風に人を好きになれるのだ」と心のどこかで感じました。
そして私にはそれができない。
3回目の約束をまたず、私はBさんに断りのメールを入れました。
私にはBさんと同じように思い、気持ちをかえすことができないと思ったからです。

そしてなんか婚活というもの自体に疲れ、しばらくやめていましたが、
去年、独身の友達が婚活パーティーに行く!と言い出し、なんとなく
「私もまたがんばってみるかー」と思い参加したイベントで会ったCさん。

イベント中、気さくで話しやすいという理由で選んだCさんでしたが、
成立カップル発表になってCさんとカップルになったことがわかった瞬間、
ものすごく気が重くなりました。
メルアドの交換をして、私はすぐにかえりたかったのですが
一緒にご飯をたべて帰ろう、といわれ冗談じゃないと断りました。
すぐ横に座られることも、親しそうに下の名前で呼ばれること、Cさんを
名前で呼ばされたことも全部不愉快でした。
私がいいな、と思って選んだCさんであるにも関わらず。
私はCさんとカップルになったとたんにCさんとできるだけ距離をとりたくなったのです。

一週間後にデートの約束をし、それから毎日メールが着ました。
いやでいやで仕方がなかった。返事をするとまた違った話題でメールがくるのが苦痛だった。
2回目会うまでに、私は完璧にCさんのことが嫌いになっていました。

今回は3回を待たずに可不可がわかった!
これはCさんと単純に馬があわなかったのだ!私は悪くない!
と思ってこういう理由で嫌いになったんだけど、と相談したところ、かえってきたのが

いいなと思い合ってカップルになったんだから、お互いのことを知ろうとメールしてくる
のは当たり前でしょう。煩わしく思う私がおかしい。

という言葉でした。
BさんとCさんの間の時間で、人を好きになれない自分というものを色々考えていた私は、
「私がおかしい」というその言葉で、ああ、私は本当に異常なんだ、と思うようになりました。

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