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ねずみのしっぽ

無性愛・アセクシャルを自認している私のあれこれ。

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許されながら生きる?

この間の佐世保の同級生殺害の事件で。
加害者の女子高生異常性が話題になってたけど。

私も最初は、彼女の家庭環境が常識的じゃないから、
そういうので心が歪んでしまったのだ、と思ってた。
でも、なんか、色々考えたので説明すると分けわからなくなりそうなので
至った結論だけ言うと。

彼女が生まれながらのサイコパスだったとして。(途中でそうなったとしても)
人間性において、彼女はマイノリティじゃないのか?
じゃあ、そのマイノリティな人間性を、社会(マジョリティ)はどう処理するんだろう。
排除するか、受け入れるか。
(更生させる、というのは排除することと同意だと思ってる)
そういう性質を持って生まれた少数派の人間が、多数派の人間が作る社会の中で
どうやって生きていけるんだろうって。

猫を解剖するのが楽しくて、人を殺して死体を見たいと思う。
ひねくれてもなく、歪んでもいないまっすぐな考えでそう感じる人がいたっておかしくない。
そういう人たちに対して、家庭環境が、両親が、精神が、とあれこれ言う。
異常な人間だ、とされて排除される。受け入れられることはないと思う。
(受け入れられていたら、もしかしたらこういう犯罪は起こらなかったかもしれない)

なんとなく、それをセクシャルマイノリティと重ねて考えた。
サイコパスもセクマイも、それぞれの分野におけるマイノリティで。
サイコパスは人を殺したりするけどセクマイは人を殺さない。
だからセクマイは認められている、許されている。

私が住む日本の社会はセクマイを許してくれている。(いることを認めてくれてる)
一方で同性愛者ってだけで殺されたり犯罪者扱いされる国もある。

なんか、マイノリティな人間は、マジョリティの人たちに許されながら
受け入れてもらいながら、それらしく生きていくしかないのかなあと。

そう思うと、自分らしく幸せに生きることがどんなに大変か。途方もなく感じる。


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結婚とかについて話してみた。

この間出席した婚活イベントで知り合った人とお茶してきました。
アセクシャルを自認して参加、というのを決めた時点で、
二人で話す時にはカミングアウトしようと決めていたのですが。
すぐに切り出すのもアレなので、とりあえず雑談していて。

「なんで結婚したいんですか」ということを聞いてみました。
答えは「そういうものだから」でした。
思いがけない答えでした。
私の結婚「したい」というのは、自分の家族が欲しいから、だったし、
他の人だったら兄弟が結婚して子供ができて、自分もそうしたいなあと思った、とか。
そういうのを聞いていたので、まさか「そういうものだから結婚したい」という
答えが返ってくるとは思ってなかったのです。

で、元々婚活という場で出会った人なので、
結婚や恋愛について突っ込んで聞ける雰囲気だったので色々話してみました。

その中で、少し前に話題になった「はやく結婚すればいいのに問題」について
触れたのですがその人は「誰かがそういうこと(女性は早く結婚して子供を生む)
を言っていかなければいけない。言えないような世の中になってきてるけど…」
という感じの意見でした。

また愛には色んな形があって、マイノリティの人が生きづらさを感じるということを
話した時も、その人は生きづらくていいんじゃないか、という意見でした。
そういうのを認めていたら、いまの結婚制度が成り立たなくなるから、という理由で。
(言葉にしてマイノリティ、マジョリティという前提をしてない会話でしたが)

むしろマイノリティのためにも「今の結婚制度」を根本から見直して
考え直してほしいと思っている私と、
マジョリティとして「今の結婚制度」に沿う生き方を肯定する彼。
しばらく話している中で気づいていましたが、考え方が正反対でした。
「私はあなたの考える”そういうもの”を全部覆したい」と言ってもいいくらいに。
(ケンカ売ることになるので当然言いません)

彼の中で男女や結婚というのは、家と家の結びつきで、女は子育てをし男は外で働く、
そういうもの。一回り年上の方だったので、昔ながらのといえば昔ながらの価値観でした。
とにかく彼と話していて、ことごとく考え方が違ったので驚いたのですが、
もしかして、今まで周りにはマイノリティに理解のある人が多くて気づかなかっただけで、
彼の考え方っていうのは、特に古いわけでもなく、そこらへんの人が
ごくフツウに持っている考えなんじゃ?とも思い始めました…
そして、そういう人たちの中で生きていくのは、本当に生きづらいなあと。
思いました。


ところで、
実は私は人を好きになれないんです、と言ってアセクシャルの説明をした時、
そういうのがあるのか、知らなかった。正直どんなものかよくわかならいと言っていました。
古風な考え方の人でしたがそれで変な目で見られるとかいうのはなかったです、が。
「これから恋愛できるかもしれないし」というメールをもらったので
よく伝わってないのかもしれません…


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異常と正常(ほぼロリコンの話)

性の在り方にはたくさんの種類があって、
マジョリティマイノリティなんてものは数の問題でしかない。
どんな在り方も受け入れられるべきなんだよって
考える上で。

じゃあロリコンって??
て問題に直面したことがあります。
twitter上で、自分はロリコンって言ってる人がいて
高校生とセックスしたいとか。
女としての生殖機能はその頃が一番充実してる、
少女しか愛せない。それを異常だと差別するのか?
ロリコンというだけで性犯罪の予備軍にされたくない。

と。おっしゃっているのをみて。
アセクシャルや同性愛を「普通だ」と主張するなら、
ロリコンも容認すべきなのか?とよくわからなくなりました。

容認すべきか、と書いたのは。
私がロリコン死すべしと思っているからです。

ニュースとかで、「15歳という年齢にテンションがあがった」とか
(私が聞く限り)アホかと思うような動機で手を出したりしてるのを
聞くたびに気持ち悪いと思っていたから。
ロリコン的な性欲を抱いて、望まぬ相手にそれを強いる犯罪者は許せないと思うし。
たとえ相手が「いいよー」って言っても、その相手(子供)がどこまでしっかりとした
責任が持てるか怪しいと思うから。(12歳の女の子と社会人の男が”僕たち真剣に付き合ってますからセックスもしてます”って言ってもそうかならよし!って思えない)

でも。
最初に書いた通り、
性の在り方は様々でっていうのを考えると。
ロリコン=嫌という私の考えも差別であって
同性愛やアセクシャルを異常と言わないでというなら
ロリコンも異常ととらえるべきではないのかとか。

性的指向と性的嗜好は違うかなあとか。思ったり。して。
でもその違うって誰が判断していいの?とか。
ロリコンはセクマイなのか?とか。
じゃあ認められないのは辛いよなあとか。
でもだからって声高に14歳が妊娠とかいうニュースを聞くと「相手がうらやましい」と
言われても引くし、でもその引くって差別なの?とか考えたり。して。

で、なぜロリコンが嫌いなのかって。今打っててわかった気がするんですが。
私の知ってるロリコンはまさにニュースでみた
「15歳という年齢にテンションがあがった」系の人しかいないということで。
同性愛や異性愛がただ単にセックスしたい対象の話ではないのに、
私の知るロリコンの人が常に高校生とセックスしたい、(した人が)うらやましい、
若い相手を性の対象にすることが生物としてどれだけ正しいと思うか、
というようなことしか言ってないからだなあと。

じゃあそうじゃないロリコンの人がいたら。

記憶の片隅に映画「ロリータ」があって。
(モノクロで、たしかいい年した男の人が13歳くらい?の少女を愛する話だったはず)
いつ見たかとか、本当に見たのか、どういう話だったのか、全く憶えてないんだけど
その主人公?に対して
「この人はこの女の子への愛をとりあげられたら死んでしまうんだろう」
という感想を抱いたことだけ憶えてます。
そういうロリコンの人がいたら。
というかロリコンがそういう人だけのことを指すなら。
もしかしたらロリコン死すべしとは思わないのかもしれないけど。

この記事を書くにあたって性的嗜好を調べてみたら。
小児性愛、少年性愛、少女愛、エフェボリィリア、老人性愛、動物性愛、ネクロフィリアその他もろもろあって…
もしここに同性愛、両性愛、無性愛、異性愛が同列で連なるなら、
たしかに若年性愛に対してだけ嫌悪感を抱くのは違うのかもしれないと、思う。けど。

むずかしい。


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性の多様性に触れた

先日徳島市内で行われた、
SAG徳島さんの交流イベント「徳島愛ダホ2014」に
参加してきました。

自分以外のセクシャルマイノリティの方にお会いするのは
初めてだったし、もとから人見知りだったりで
すごく緊張しましたが…

その日はFtMの方が多かったです。
アセクシャルは私ひとりで、後はゲイセクシャルの人とか
微妙な立ち位置の人、ヘテロセクシャルの人。全員と話したわけではないですが…

徳島はFtMが多いらしくて、ひとつの女子サッカーチームに
5人(だっけ)いたとかそういう話を聞いたり、
左利きやAB型と同じような割合でセクマイがいるというのに、
セクマイはすごく珍しいものだと思ってたのに、案外身近なもんなんだなあと
実感しました。

性同一性障害の人や、女装をする人、
聞いてるだけだとよくわからないけど、
実際会うと、そこにいるわけで。なんていうか、
そういうものなんだなあとすんなり受け入れられました。

世の中にはどんな性があるかっていうのを
ホワイトボードに書き出すと、全然聞いたことがない物もあったりして、
ホントに色んな性のあり方があるんだなあと思いました。
一番は「カテゴリー分けしないでもいい」世界なんだろうけど、
細かくカテゴリ分けすることで、自分のあり方に当てはまる言葉を見つけて
安心できる人がいるというのも大事な事実だとも。
(私はまさにそれだったし)

印象的だったのは、ゲイセクシャルやアセクシャルにまじってヘテロセクシャルがあり
トランスジェンダー、Xジェンダーとおなじ位置にシスジェンダーがあったこと。
(シスジェンダーはこのとき初めて知ったのですが、肉体の性と心の性が一致する人のこと)
マジョリティもマイノリティも、おなじ「性のありかた」なんだと改めて感じました。


やっぱり実際「会う」ってすごく大事なことだなあと思いました。
FtMの方たちが集まって色々してるってきいて、アセクシャルも集まれないかなあと
思うようになりました。

実際会って、話をして、関係を築けたらとても楽しいと思うのです。
ちょっと真面目に計画をしてみようかなあとか思うこのごろです。


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「そういうもの」を「理解できない」。お互いに。

私はよくtwitterでアセクシャルという単語を検索します。
アセクシャルな人たちの考え方や、
そうでない人たちがアセクシャルをどう思っているのかを
たくさん知りたいからです。

今日、検索したツイートの中で、
人を愛するってことは男や女を愛することなのに、
性指向が最初からないってどういうことなのか。
人を好きになれないとはどういうことなのか

というゲイの方のつぶやきがありました。

その方はさらに
アセクシャルの心が知りたい。
愛がわからない、感じないとはどういうことか。
落ち着けるものなのか、とつぶやいていました。

「知りたい」と言ってくれていたので、
アセクシャルのひとりとして、思わずリプを送ってしまいました。
(まだ返事はいただいてませんが、なくてもいいと思っています)
(あるとうれしいけど)

私なりの感じ方をうちながら思ったのですが、
同性愛者はセクマイだけど、
人を性的に好きになるかならないかの観点でみると
十分マジョリティで、
「人を性的に好きにならない」アセクシャルというのは、
セクマイの中でもまた理解されにくいものなんだなあと思いました。

で、この「理解されにくい」ってなんか被害者っぽく感じるけど、
私もまた、異性愛者や同性愛者、両性愛者を理解できない。

無性愛者が「人を愛せない」ことをなぜ?わからない、どうして?って
他の性的指向の人に言われるように、
私も彼らが「人を愛せる」ことを、なぜ?それはどういう気持ちなの?って思う。

「なぜ異性を性的に好きになるの?(同性は好きになれないの?)」
「なぜ同性を性的に好きになるの?(異性は好きになれないの?)」
「なぜどっちもを性的に好きになるの?」
「なぜ男性も女性も性的に好きにならないの?」

このどれも、当事者にとっては「そういうものだから」としか
答えようがないんじゃないかなあと思います。

以前、ネットで交流のある人のなかで、
女性としておきながら実は男性だった(いわゆるネカマ)方に対して
恋をして告白した男性がいて、なんと相手は男だったよ!って笑い話になってましたが。
そのとき私は、「どうして男だからその恋はだめになってしまうのか」と思いました。
ネット越しの、顔も知らない相手を「好きになった」つまりその人そのものを
好きになったはずなのに、「相手が同性だった」というそれだけで、
その恋は跡形もなく消えてしまうことが不思議でならなかった。
でも、異性愛者の彼らにとってはそれが「普通」で、説明はいらないみたいでした。

たぶん「そういうものだから」ってことなんだと思います。

それぞれの性的指向の間で当たり前のことが、
他の性的指向の人間には理解不能のことで。
理解してもらえないのと同時に理解していない。
理解できないのと同時に理解されていない。
表裏一体な気がしています。

なんだか要領を得ないですが、こんなことを考えました。

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