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ねずみのしっぽ

無性愛・アセクシャルを自認している私のあれこれ。

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アセクを自認して婚活イベント行ってきた。

去年の後半に自分をアセクシャルだと自認してから、
婚活イベントに参加してなかったのですが。
ふと、「今こうして自分の状態がわかった上で行くとどうだろう」と思い、
参加してみました。

人を好きになれないと悩んでいたころは、婚活というと
気が重くて重くて…気が重い以外の何者でもなかったのです。
まず結婚という市場に照らし合わせて自分と他人の「価値」を品定めされる苦痛。
(婚活イベントに参加するようになって、初めて自分というのは他人と比べられて
優劣を決められる、人には「価値」があるんだと知って、それが嫌だった)
カップルになったらなったで、その人を好きにならなきゃいけないという
脅迫概念を感じる苦痛。
(好きになるならないの感覚がわからなかったので、「判断」しなければいけない、
好きにならなきゃいけない、でもわからないのスパイラルだった)

でも今はアセクシャルだと自認しているので、
比較される場にあがるのは相変わらずしんどかったけど、
「好きにならなきゃいけない」というプレッシャーは感じないだろう。
自認してから参加することで何か変化があるかもしれない、と思いました。

冷やかしの気持ちはなかったです。
カップルになったら、とりあえず(人と人として)付き合ってみて、
お互い嫌じゃない状態になる感じだったら、自分のことをカミングアウトしてみて
それでもよければ、という気持ちでした。
(それは異性愛者にとって裏切りかもしれませんが)

で、実際。
夕方からのイベントだったんですが、お昼から気が重くて重くて仕方なかったです(笑)
多分これは市場に飛び込んでいくことへのストレスだったと思います。
もう婚活なんて名前はやめて、結婚を目的とした集団面接という名前にすればいいのにと思いました。

イベントが始まってから、次々と流れてくる人と3分間相手のプロフィールを見ながら話をしました。
人と話すこと自体は嫌いじゃないので、楽しかったです。
好きなタイプを書く欄があって、そこに「恋に前向きな人」と書かれている方がいました。
(あ、私だめだな)と思いつつ、「恋に前向きってどんなんですか?」と聞いてみました。
曰く、恋に対して悩まず前に進める人、ということで…なるほど、わからん状態でした。
そしてその流れで私自信恋に前向きか?と聞かれ、さらに、こういうのをタイプにしてるのって感じ悪いかな?
と言われたので、私自身のことには触れず「好きな人もいるんじゃないですか?」と完全に脈ナイ的な答え方をしていまいました。

ローテーショントークが終わって、いいかな?と思った人を何名かピックアップして、
フリートークからの投票みたいな流れだったのですが、
その中で、私がいいな、と思ったなかの2名方からも私に対して好印象を持っていただき、フリートーク中にもそのお2方とお話をしました。

それでなんとなく、最終投票にこの人たちの番号を書けば、
多分カップリングとして成立するんだろう、という感じになって、
以前の私ならその瞬間に気が重くなっていたのですが。
今回は。
全然違う人の番号を書いて提出しました。
私がいいなと思った人で、私に別に何の印象も持たなかった人。
投票しても絶対にカップリングされないだろうという人の番号を書いて提出してました。

お二方の一人は、フリートーク中に私がカラオケ好きだというと「今から行こうか!」
おなかがすきましたねというと「今から食べにいこうか!」といきなりグイグイくる感じに引いてしまって無理でした。
もう一人は、ローテーショントーク中と変わらずおだやかで、さらにこの人にはアプローチカードというのも渡されていたので、多分、書けば絶対にカップリング成立するという人で、一度は投票用紙に番号を記入したのです(印象もよかったので)が。

カップリング成立したらこの後絶対にしなきゃいけないことがある。
メルアド交換して、メールしあって、休みの日にはどこかに一緒でかけなきゃいけない、
そういう義務が発生する!!!と最後まで悩んで、上から線を引いて消しました。

結局カップリングされず、ほっとしてしまって。
アセクを自認して参加すれば、気負わずにカップルになれるだろうと思っていたのが、
「無理をせず、カップルになれない方法を選択した」という結果。

とりあえず、メールアドレスを書いていてくれた後者の人(一度番号書いて消した人)にはメールを送っておきました。
カップリングされてない後のメールだからなんの苦痛もなかったし友達として始められたとも思うのですが。
どうでしょうね。

今後も、結婚に向けた集団面接には無理をしない範囲で参加しようと思います。


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[ 2014/07/27 09:16 ] つれづれ | TB(0) | CM(0)

女を選択する男

私の3大「映画でこれされると冷める」事柄。
①とりあえず仲間が死んどけば感動的でしょ?
②自己犠牲尊い
③何よりも愛が大事

アセクシャルが関係しているかどうかは謎ですが。
③について。

例えば、昔のスーパーマンの役者さんがすごいかっこいいから
スーパーマンを借りて見たのですが。
スーパーマンに好きな女の人がいて。その女の人と両思いになって。
人間としてその人との愛を取るなら、
今彼が持っているスーパーな力もなくなり、ただの地球人の人間として
暮らすことになる。という場面で。
スーパーマンは彼女との愛を選びただの人間になったのですが。(案外あっさり)
「ないわー」と。思いました。

スーパーマンてその世界のヒーローで、それまで平和を守ってきていたのに。
好きな人ができたから辞めまーすって趣味で正義のヒーローやってたんです??と。
しかもそのあと、おっさんに絡んでスコボコにやられたり。
なんやかんやで力取り戻してからそのおっさんに仕返ししてドヤ顔してるのを見て。
スーパーマンってしょうもない男だなあと。思いました。

また最近の映画「超高速!参勤交代」でも。
参勤交代の道中でであった女性を好きになった佐々木蔵之介(役者名で失礼)が
敵対する忍びに女性を人質にとられ、「藩をつぶすか女を取るか」と迫られて
武器を手放し女を選ぶという暴挙。(暴挙!!)に一気に幻滅しました。
結局助けが入りことなきを得たのですが。

スーパーマンにしても佐々木蔵之介にしても。
地球の平和や藩の存続なんかと女一人を天秤にかけて、
一瞬でも女の方に傾けさせたというのがホント嫌。

「愛」を選んだことは人として「当然」だったり「よくやった」ことなんだろうか。
立場や使命がある中で、迷いなく、迷っても最終的にたった一人の愛する人を選ぶ。
それはそんなにすばらしいことなんだろうか。

私は個人的に、スーパーマンには
「君を愛してはいるけど僕にはこの力が必要なんだ」と言ってほしかったし
佐々木蔵之介には最後まで武器(藩)を捨てずにいて欲しかった。



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[ 2014/07/23 21:41 ] つれづれ | TB(0) | CM(0)

異常と正常(ほぼロリコンの話)

性の在り方にはたくさんの種類があって、
マジョリティマイノリティなんてものは数の問題でしかない。
どんな在り方も受け入れられるべきなんだよって
考える上で。

じゃあロリコンって??
て問題に直面したことがあります。
twitter上で、自分はロリコンって言ってる人がいて
高校生とセックスしたいとか。
女としての生殖機能はその頃が一番充実してる、
少女しか愛せない。それを異常だと差別するのか?
ロリコンというだけで性犯罪の予備軍にされたくない。

と。おっしゃっているのをみて。
アセクシャルや同性愛を「普通だ」と主張するなら、
ロリコンも容認すべきなのか?とよくわからなくなりました。

容認すべきか、と書いたのは。
私がロリコン死すべしと思っているからです。

ニュースとかで、「15歳という年齢にテンションがあがった」とか
(私が聞く限り)アホかと思うような動機で手を出したりしてるのを
聞くたびに気持ち悪いと思っていたから。
ロリコン的な性欲を抱いて、望まぬ相手にそれを強いる犯罪者は許せないと思うし。
たとえ相手が「いいよー」って言っても、その相手(子供)がどこまでしっかりとした
責任が持てるか怪しいと思うから。(12歳の女の子と社会人の男が”僕たち真剣に付き合ってますからセックスもしてます”って言ってもそうかならよし!って思えない)

でも。
最初に書いた通り、
性の在り方は様々でっていうのを考えると。
ロリコン=嫌という私の考えも差別であって
同性愛やアセクシャルを異常と言わないでというなら
ロリコンも異常ととらえるべきではないのかとか。

性的指向と性的嗜好は違うかなあとか。思ったり。して。
でもその違うって誰が判断していいの?とか。
ロリコンはセクマイなのか?とか。
じゃあ認められないのは辛いよなあとか。
でもだからって声高に14歳が妊娠とかいうニュースを聞くと「相手がうらやましい」と
言われても引くし、でもその引くって差別なの?とか考えたり。して。

で、なぜロリコンが嫌いなのかって。今打っててわかった気がするんですが。
私の知ってるロリコンはまさにニュースでみた
「15歳という年齢にテンションがあがった」系の人しかいないということで。
同性愛や異性愛がただ単にセックスしたい対象の話ではないのに、
私の知るロリコンの人が常に高校生とセックスしたい、(した人が)うらやましい、
若い相手を性の対象にすることが生物としてどれだけ正しいと思うか、
というようなことしか言ってないからだなあと。

じゃあそうじゃないロリコンの人がいたら。

記憶の片隅に映画「ロリータ」があって。
(モノクロで、たしかいい年した男の人が13歳くらい?の少女を愛する話だったはず)
いつ見たかとか、本当に見たのか、どういう話だったのか、全く憶えてないんだけど
その主人公?に対して
「この人はこの女の子への愛をとりあげられたら死んでしまうんだろう」
という感想を抱いたことだけ憶えてます。
そういうロリコンの人がいたら。
というかロリコンがそういう人だけのことを指すなら。
もしかしたらロリコン死すべしとは思わないのかもしれないけど。

この記事を書くにあたって性的嗜好を調べてみたら。
小児性愛、少年性愛、少女愛、エフェボリィリア、老人性愛、動物性愛、ネクロフィリアその他もろもろあって…
もしここに同性愛、両性愛、無性愛、異性愛が同列で連なるなら、
たしかに若年性愛に対してだけ嫌悪感を抱くのは違うのかもしれないと、思う。けど。

むずかしい。


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「妊娠した」という言葉が気持ち悪い


「妊娠した/する」という言葉が嫌いです。
嫌いというか、気持ち悪い。
子供ができたとか、新しい命を授かったとか、身ごもったとか、
そういうのは全然平気なのですが。
「妊娠した」と言う言葉を聞くとすごく気持ち悪いです。

感覚的には、誰かが車酔いとかで車内で胃の中のものを戻してしまったときに。
「先生!○○くんが戻しちゃいました!(吐いちゃいました)」じゃなくて
「先生!○○くんがシートにゲロぶちまけました!!」て叫ばれてる感じ。

なので「妊娠しました!」て公共の電波でなんども連呼されたりすると
おめでたいことなんだろうけど、すごく不快に感じてしまう。
おなじような感覚で妊活もだめ。
「私妊活はじめました!」って芸能界休む人は
「私今週生理来てすごく重いので休みます!」て公衆の面前で言ってるみたいに感じる。

何の情緒もなく生々しいから苦手なんだろうか。


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[ 2014/07/05 01:58 ] つれづれ | TB(0) | CM(2)

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