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ねずみのしっぽ

無性愛・アセクシャルを自認している私のあれこれ。

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「そういうもの」を「理解できない」。お互いに。

私はよくtwitterでアセクシャルという単語を検索します。
アセクシャルな人たちの考え方や、
そうでない人たちがアセクシャルをどう思っているのかを
たくさん知りたいからです。

今日、検索したツイートの中で、
人を愛するってことは男や女を愛することなのに、
性指向が最初からないってどういうことなのか。
人を好きになれないとはどういうことなのか

というゲイの方のつぶやきがありました。

その方はさらに
アセクシャルの心が知りたい。
愛がわからない、感じないとはどういうことか。
落ち着けるものなのか、とつぶやいていました。

「知りたい」と言ってくれていたので、
アセクシャルのひとりとして、思わずリプを送ってしまいました。
(まだ返事はいただいてませんが、なくてもいいと思っています)
(あるとうれしいけど)

私なりの感じ方をうちながら思ったのですが、
同性愛者はセクマイだけど、
人を性的に好きになるかならないかの観点でみると
十分マジョリティで、
「人を性的に好きにならない」アセクシャルというのは、
セクマイの中でもまた理解されにくいものなんだなあと思いました。

で、この「理解されにくい」ってなんか被害者っぽく感じるけど、
私もまた、異性愛者や同性愛者、両性愛者を理解できない。

無性愛者が「人を愛せない」ことをなぜ?わからない、どうして?って
他の性的指向の人に言われるように、
私も彼らが「人を愛せる」ことを、なぜ?それはどういう気持ちなの?って思う。

「なぜ異性を性的に好きになるの?(同性は好きになれないの?)」
「なぜ同性を性的に好きになるの?(異性は好きになれないの?)」
「なぜどっちもを性的に好きになるの?」
「なぜ男性も女性も性的に好きにならないの?」

このどれも、当事者にとっては「そういうものだから」としか
答えようがないんじゃないかなあと思います。

以前、ネットで交流のある人のなかで、
女性としておきながら実は男性だった(いわゆるネカマ)方に対して
恋をして告白した男性がいて、なんと相手は男だったよ!って笑い話になってましたが。
そのとき私は、「どうして男だからその恋はだめになってしまうのか」と思いました。
ネット越しの、顔も知らない相手を「好きになった」つまりその人そのものを
好きになったはずなのに、「相手が同性だった」というそれだけで、
その恋は跡形もなく消えてしまうことが不思議でならなかった。
でも、異性愛者の彼らにとってはそれが「普通」で、説明はいらないみたいでした。

たぶん「そういうものだから」ってことなんだと思います。

それぞれの性的指向の間で当たり前のことが、
他の性的指向の人間には理解不能のことで。
理解してもらえないのと同時に理解していない。
理解できないのと同時に理解されていない。
表裏一体な気がしています。

なんだか要領を得ないですが、こんなことを考えました。

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